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2010年10月10日 (日)

次世代への「命の教育」

Hさんの家に、御家族とお話するために行ってきました。
癌の末期で在宅療養中の80歳代のHさんは、当初診療に伺ったときは 嘔気と全身倦怠感が強くて、いつ入院しないといけないかと家族の方も不安一杯でしたが、疼痛コントロールがうまくいったのか 楽に過ごされるようになり、後には「体が思うように動かなくなったことだけが辛い」と言われていました。

今日は病状が更に悪化してきたので今後起こってくる変化についての説明と対処の話、そしてこのまま在宅で看取るか入院するかという希望の確認のためです。Hさん自身は落ち着いている様子なので診療はなしにしました。

 今まで家で看取ったことがない、というのが家族の不安の一番の要因で、そこを時間をかけて説明してゆくのが我々在宅医の役目だと思っています。

 まだどちらにするか決めかねて迷っておられますが、それでよいと思います。急いで決める必要はなく、できるところまで自宅で看てあげて、自信がついてこのまま最期まで看てあげられると思えばそのままこれまでの流れで介護を続ければよいし、いよいよ家族でだめだとなったとき病院にお願いするということでも、家族の方に後悔がないならそれで構わないと思います。

冷えたおいしい玄米茶を頂いて話を終えて帰ろうとしていたとき、
曾孫の3歳くらいの男の子が出てきて、おもちゃを並べながら言います。
「おおきいじいちゃん、ごはん・・・あげた・・・」

息子さんのお嫁さん(子供のおばあちゃん)が言うには、
時々食事をスプーンでHさんの口まで持っていって食べさせてあげているのだとか。

「じいちゃん・・・オスクリのんで ねてる・・・」

御家族に小さい子供さんがいるなら、できることでぜひ介護に参加してもらったらよいと思います。

Hさんがこのまま自宅で死を迎えることになるとすれば、この子は 自宅に居ながらにしてHさんの亡くなる前のことや、亡くなる瞬間や、そのあとの大人達の悲しむ姿をじっとみていることになるでしょう。
そして、自分がご飯を口に持っていってあげていた家族の一員が次の日には亡くなってどこか遠いところへいってしまうということを通して、子供心ながらにきっと命の大切さを理解するでしょう。

高齢の方にとって、自分自身の体を通して最後にかわいい孫や曾孫に残してやれるもの、そして自分だけにしかできないこと・・・それは自身の死を見せることによって孫や曾孫に命の大切さを理解させ、先祖の墓へ参ることの意味を理解させる「命の教育」に他ならないと思うのです。

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いつの間にか秋らしくなり、
あちこちの家の庭先にキンモクセイのいい香りが漂う季節になりました。
訪問診療にでかけて車から降り患者さんのお宅まで歩いて行く途中で、ついつい香りにうっとりしてしまいます。

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