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2013年12月23日 (月)

がんばらなくてもいいんですよ

先日初診で訪問した60歳代の女性患者さんから、こんなんことを言われました。
・・・
どんな先生が来られるんだろう、と内心緊張していたんですが、
ユニークな方で良かった・・・
モシモシ(聴診)してくれて、安心しました。
入院中は 外科の先生も内科の先生も、
話はしてくれるけれど誰も聴診なんかしてくれなくて、
副院長先生の外来のときだけ聴診器あてて胸の音聞いてくれてたんです。
・・・
「ユニーク」というのはどういう意味だろう??と 少し考えてしまいますが、
できるだけ患者さんや家族に、気楽に笑って貰えるよう
“一診療 一笑い”を心がけていますので、その成果でしょうか。
 (何か面白いことでも言ったっけ?)
やっぱり、病院のDr でも 病棟回診のとき
聴診はじめ 身体の診察しない人は多いみたいですね。
 

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退院の前日に病院で行われた退院前カンファレンスに集まっていた
大勢の在宅スタッフの名刺が
当院から患者さんに渡しているファイルの名刺入れに
たくさん並んでおさまっているのをみて言われたこと。
 
「まあ、こんなに沢山の人が・・・(自分のために在宅サポートしてくれるとわかった)・・・
 もう、それじゃ私、今からは頑張らなくていいんですね。 あぁ、安心した・・・」
 
「今までは何でも自分がしっかりしていないといけなかったんです。」
家のことも何から何まで、いままで 気を張り詰めてずっと生活してこられた延長で、
病気になってからも気が休まる暇がなかったといいます。
 
そして、看護師、ケアマネジャー、薬剤師、福祉用具担当者など
居並ぶ名刺の数々をみて多職種のスタッフでかかわる在宅チームの存在を知り、
安心されたのでしょう。
 
在宅療養では 医療の分野では我々の出番ですが、医療的なこと以外の
在宅での療養上の問題までを解決しようとすると
さまざまな職種の関わりが必要になります。
やはり「餅は餅屋」に任せるのが一番です。
 
夜間休日いつでも困ったことがあったら電話して下さい、と言ってあげると、
本当に安堵の表情を浮かべられました。
 
初めての訪問で、「もう、頑張らなくていいんですね」 という言葉をきいて
安心してもらえて良かった、と思いました。

2013年7月21日 (日)

自分で道を切りひらくこと

留守番を非常勤の先生にお願いして
久々に岡山市内を脱出し、懐かしい松山へ行ってきました。
お世話になった外科の恩師である栗田先生が 四国がんセンターの病院長に就任され
祝賀の宴が催されることになったので、これは何としてでも行かなければ、と
JRで片道3時間、滞在 3時間という強行軍でしたが
道後温泉の空気を吸って(お湯に入る時間もなかった~)
元同僚や先輩後輩に会い、旧交を温めてきました。
 
栗田先生には数ヶ月間でしたが胃癌の手術を教えていただきながら
何人もの患者さんの手術を執刀させて頂きました。
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栗田先生のお話の中で、35,6歳の頃に
専門を肺から胃に変えなければならなくなったとき
「与えられた環境の中で頑張って道を切り開いてゆけばよい」、と
当時の病理学の恩師から教えられ
その通りずっとやってきて今がある、という自身の経験談がありました。
 
そのあと、当時レジデントとして
肺グループにもローテーションで回ってきていたM先生が、スピーチの中で、
逆に自分は消化器をやるつもりだったのに
何故か周りの事情で肺をやることになったことを話し、
そう決まったとき栗田先生の教えを思い出して今も頑張っています、と言っていました。
 
思えば自分が在宅医療に転身しようと考えたときも
栗田先生に相談したところ、予想に反して
「本当にそう思うんだったら、いいじゃないか、頑張ってやってみろ」
と言って応援して下さったのも
御自身のそんな経験があったからでしょうか。
 
そう、
どんな境遇でも 頑張って 自分で道を切り開いてゆけばよい・・・
 
集まったDr達はほぼ皆、第一線の外科医として活躍しています。
ひとりだけ どろっぽ元外科医としての参加でしたが
嬉しかったのは 全く別の方向性をもって進んでいる私に対し、
会う先生方みんな、在宅医療という仕事の内容に興味を持ち、
また心から応援してくれているのを感じられたことでした。

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折しも今年で 外科専門医や指導医、呼吸器外科の専門医など
これまで何年もかけて苦労してとった資格が
手術の手を下ろしたがために更新できなくなって失効してしまうにあたり、
自分のアイデンティティがひとつずつ消えていくような寂しさを感じていたのですが、
高嶋元院長から 「そんなのはもう要らんだろう・・・」と言われて
確かにその通り、・・・何か吹っ切れたような気がしました。
 
周囲の事情で決まったのでもなく、
自分で考え、自分で選んで在宅医療の世界に飛び込んだわけですから
思い通りの環境で仕事できていることに感謝しないといけませんね。
 
久しぶりに会った広島大の先生と話していたら、
自分が手術した癌患者さんが意に反して病気が再発したとき、
患者さんのことが気になりながらも、病院のシステム上、
化学療法科や緩和医療にその後を委ねなければならない・・・
どうしようもない・・・
そんな思いが聞かれます。その気持ち、とてもよくわかります。
というか、自分の場合、それが高じて
在宅医療の世界に転身するきっかけになったようなものです。
これからも、そんな外科医の気持ちがわかる在宅医であり続けたいと思います。
 
帰り際に土産にと栗田先生が配布されていた三越の包み、
ケーキ?にしては軽いなぁと思いながら包みを開けたら、
なんと バリィさんのちいさなぬいぐるみでした。
御愛嬌、思わず笑いました。
うちの末っ子の可愛がっている中サイズのぬいぐるみとセットになりました。

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 その昔、忘年会の芸で着て踊っていた
 猿だかトナカイだかの着ぐるみを着て
 元旦に病棟回診していたという
 茶目っ気のある先生のアイデアに 「いいね」!
 
                         ももたろ

2012年4月16日 (月)

帰りたいと思って帰れる人、帰りたくても帰れない人・・・

続きです。

退院して帰ってきたあと、訪問したときにFさんの奥さんが言われていたことが印象に残りました。

~隣のベッドに入院していた同じくらいの歳の男の人が、しみじみ息子さんに、頼むんですよ。
「もうわしゃー ようなって、どこもわりぃところはないんじゃから 頼むから連れて帰ってくれぇ・・・・」
そういって すがるように頼んで言われるけれど、息子さんは何も言えなくて ただじっと新聞を見ているだけで・・・・。
私も、その人が大きな声でわめき散らすんだったら何も思わないんですが、しっかりされとるのに
何でこの人が帰れないのか、・・・ふびんで不憫で、・・・ 涙が出そうでした・・・・
うちのお父さんは先生のところでみてもらっていたので、このままで連れて帰るといったとき
すんなり帰らせてもらえて良かったんですが
ほんとにあの人があれだけ頼んでいるんだから、帰れたらいいのに・・・と思ったんです。

どのような事情でその方が入院していなければならないのかはわかりません。はた目でみる(聞く)より大変な事情があるのかもしれませんが、
意識もしっかりして会話も普通にできるような方の思いが通じず、自分の身の振り方すら自分で決められない、というのは少し寂しいですね。
長年生きてきて人生の終末も近い時期に、せめて自分の好きなようにさせてあげられたらと思います。
医療の面での支えがあれば家に帰れる、というなら、当院スタッフはじめ、連携する事業所もみんな喜んでお手伝いすると思います。

今も80代で老衰~終末期を迎えつつあって、頑として入院を拒否し、遠くに住む子供さん達が交代で付き添っている独居女性と、
病院主治医から入院していた方がよいのでは、と言われながらも我がままを通して退院し、肺癌末期で麻薬と酸素を使いながら、隣人達がお世話してくれて自宅療養している独居男性のお手伝いをしています。
とことん頑固に思い通りにしたいという人ほど、自宅で過ごす満足度は高いのかもしれません。

昨日は自宅の自分の部屋で最後まで過ごされた白血病末期の患者さんが、大勢の御家族に看取られて最期を迎えられました。
他にも乳癌や膵癌などの末期で 御家族の暖かい介護を受けながら、
今 この時この瞬間も、最後の時間を家族と一緒に自宅で過ごされている患者さん達がいます。
そんな方達からの依頼に応えて 今日も診療に走り回った1日でした。

2012年4月14日 (土)

高齢者の入院

パーキンソン病でずっと自宅療養していた80歳代のFさんが、約2ヶ月の入院の後に退院して自宅に帰ってこられました。ほぼ寝たきりに近い状態になって通院できなくなったFさんのところへ訪問診療に行くようになって はや1年8ヶ月くらいになります。
嚥下がうまくいかなくなって誤嚥性肺炎となり臨時往診したのが今年の1月。
抗生物質の点滴治療は在宅で訪問看護との連携でどうにでもなりそうでしたが、1日に何度も吸痰することは高齢の奥さんには無理だと判断し、仕方なく入院を勧めたのでした。

肺炎などで頻回の吸痰が必要となった場合、介護者が1日中家にいてある程度できる家なら自宅での治療も可能ですが、家庭状況や介護者のことも考慮した上でどのようにするか判断しなければなりません。
このあたり、病院での画一治療と違って 在宅医療の難しいところです。(というか面白いところでもあるのですが・・・)

 入院後1,2週間は絶食・点滴と抗生剤治療を行って改善し、1ヶ月くらい経ってから経管栄養とリハビリを始めたと奥さんから伺いました。

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入院前はベッドの端に自力で座って、訪問リハビリのときには介助で歩くこともできていたのに
帰ってきたときは残念なことに 両足は膝を折った状態で屈曲拘縮となって固まってしまい、 自力で座ることはもはやできない状態になっていました。
退院前のカンファレンスのとき 入院前は坐位保持も介助歩行もできていたと聞いて、病院の理学療法士さんが驚いていたということでした。リハビリの依頼があったのは肺炎が落ち着いてからだったのでしょう。

住み慣れた環境で在宅療養している高齢者は、1ヶ月も入院すると、よほど気をつけて診てもらってない限り動けなくなってしまって帰ってくることをよく経験します。
できれば1、2週間で退院させてもらえるとあとの在宅生活への影響が少なくてすむのですが、なかなかそうはいかないようです。
退院の前には 胃瘻造設を勧められたそうですが、奥さん・娘さんで相談して 食べられるだけ食べさせてあげて、あとは自然にみてゆこうと決心され、そのように担当医に申し出たとのことでした。帰るときには経鼻栄養チューブも抜いて退院されました。

つづく

2011年2月 8日 (火)

Look Back Meeting

先週金曜の夜、連携病院でのミーティングに出かけてきました。

 11月に病院から退院して在宅療養の末に、12月に自宅で御家族に囲まれ看取られて最期を迎えられた60代男性のケースを元に、病院医師、在宅医、病院MSW、ケアマネジャー、訪問看護ステーション、などなど関わった多職種のそれぞれの立場からの振り返りを行うというものでした。

 病棟看護師さんにとっては、担当していた患者さんが在宅に帰ったあとどのように過ごされたのか気になると思います。こういった会で退院後の様子、在宅でどのように過ごされたのかを知ってもらえたと思いますし、また我々在宅チームにとっても入院中どのように過ごされていたのかを知る良い機会となりました。
特に、入院中同じ病気の顔なじみの患者さんがひとりまたひとりと亡くなってゆくのをみて次は自分の番だ、と不安に駆られて何もできなかった様子など、在宅療養に切り替えられてから大勢の家族の中で温かく見守られた姿からは想像できなかったような様子がわかりました。
 患者さんに直接は関係しないものの勉強に来られていた訪問看護やケアマネジャーの方の姿も多々見えました。

今回私は初めて参加したのですが、これまでずっとこういった会を行ってきていると知り、なにか嬉しいような気持ちになりました。

2010年10月 4日 (月)

救急車? ももたろう?

日曜の今日は、当番電話(患者さんからの専用ホットライン)がよく鳴った日でしたが
そのなかの1件は、認知症のひどい患者さんの御家族からでした。
「近所で転倒して動けないで居るところを、近所の人が連れてきてくれたのですが、
足が痛くて動けないといいます。救急車で病院へ行った方がよいでしょうか?」
・・・いえいえ、まずは様子を見に行きます・・・

 
ということでとりあえず伺いました。
おそらく左側にむけて転んで尻もちをついたのでしょう、太ももの外側と坐骨部に痛みを言われていましたが(その訴えもすぐに忘れておられ多少困りましたが・・・)
心配したような大腿骨頚部骨折や腰椎圧迫骨折のような様子はなさそうだったので
緊急性はないと判断し、ひとまず鎮痛の処置だけで様子をみていただくことにしました。
やっぱりこういう場合、我々のような いつでもすぐに相談できるかかりつけ医がいないと心配ですぐに救急車で病院へ・・・ということになるんでしょうね。

救急車の代わりに我々在宅医が走ることで、
軽微な理由での救急搬送を減らして 救急医療の疲弊を防ぐことに
多少なりとも貢献しているという自負を、少しだけ実感した日曜日でした。

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2010年8月 8日 (日)

在宅介護と自助自立の精神

 「長生きの意義を考えるとき②」のコメントにパウルママさんが 「私たち子供達にとって 自慢の両親です」と書いて下さっているのをみて思ったことがあります。

それは、たとえ寝たきりであっても手足が麻痺して固まっていて全然喋れなくても、あるいは治る見込みのない病であっても、在宅で介護している家族にとって患者さんはみんな「大切な家族」だということです。

 最近訪問診療に伺うようになった患者さんに、90歳のALSの方があります。
手足が動かなくなってベッドの上で寝たきりで、呼吸筋の働きもだいぶ弱くなって来つつありますが
頭はしっかりしておられ、普通に話をされます。そして自分の意思で人工呼吸器はつけないと決められています。
認知症のある奥さんを助けるため、近所に嫁いだ娘さんが毎日のように通ってこられていますが
先日もお話しする中で、また娘さんが話しかけるのをみていて、本当に大事にされているなぁと感じました。

 去年松山で訪問していた70代後半の寝たきり患者さんの家で、50歳くらいの娘さんが「私が小さい頃は優しくて一度も怒られたことがなくて、ほんとにいいお父さんでした。今こんな状態になって(脳出血後遺症で寝たきり、気管切開あり喋れず、胃瘻あり、股関節は拘縮)私がしっかり看てあげないと、と思うんです。」とよく話しておられたのを思い出します。

 病院、それも療養病床など 寝たきりの高齢者ばかりが入っているような病棟だったりすると、診ている医師の側もどちらかというとモチベーションが下がるというか、ついこのことを忘れてしまいがちになってしまいます。もはや「治療」の対象とはならず、療養・介護のために病院で寝たきりになっている患者さんに医学的興味はほとんど持てないからです。病院とは診断や治療を中心として行うところですから、それらの必要がなく療養や介護だけになると病院の医者にできることはあまりありませんし、御家族の顔があまり見えないのでその思いを感じる機会が少ないというのも1つにはあるのかもしれません。

 そのむかし卒後数年目くらいの頃、アルバイトでいわゆる”老人病院”と呼ばれるようなところへ行ったとき、「その他大勢の生ける屍」みたいな感じで大部屋に並んでいるお年寄りを見る機会が多くありました。介護を放棄して病院に入れっぱなしで長らく面会にも来ない家族が、いよいよ亡くなりそうだという段になって「意識がなくても何でも良いから長生きさせて欲しい」と電話で言われ、どうやらその裏には年金を打ち切られたくないという事情があるという話をきいたりして、最近問題になっている100歳以上の高齢者の行方不明ではないですが、複雑な気分になったことがあります。

 しかし少なくとも在宅療養されて家族が熱心に介護されている方の場合は、大事な家族を人任せにせず大変な介護の労を自分でされています。診療に伺って患者さん本人のことを家族の方からいろいろ聞いていると、これまで家族のために働いてくれた親だからきちんとみてあげたい、という思いが伝わってくることがよくあります。
 義務を果たさず権利ばかり主張するような、自分では何もしないで何でもかんでも人任せにして権利ばかり主張する人達が増えてしまったような昨今の風潮の中にあって、在宅介護されている家族の方達は自助自立の精神を実践されている人達だと思います。そういう方々を少しでも医療の面からお手伝いできたら、と思っています。

 在宅医の仕事や在宅医療は、治療という点では医学的興味はないかもしれませんが、いろんな職種の人達と協力しながらいかに良い状態で自宅療養してもらえるかを考えその環境を作ってゆく、という点で病院医療とは方向性が幾分(というかだいぶ)異なります。
 終末期医療においても同様に、治療できず亡くなることが避けられない患者さんであっても、少しでも良い時間を持ってもらえて、最後に本人や家族の方が「満足」を得られるようにするのが目標ではないかと思います。そして家族にとってのその満足感は、病院でただ付き添ってみているだけよりも 自助自立の精神で主体的に在宅介護されている場合の方が圧倒的に大きいのではないかと感じます。

2010年1月28日 (木)

ももたろう往診クリニックのめざすもの(理念)

「家に帰りたい・・・」と言いながら

病院で亡くなる患者さんをたくさん見続けてきて、

 何とかしたいと思って 病院を辞め 

 郷里岡山で立ち上がった元外科医の想いです。

 これまで18年間、外科医として走り続けてきました。
一昨年までの6年間は岡山大学関連病院の四国がんセンターで、肺癌を中心とした呼吸器外科手術を専門に研鑽してきました。

手術の技術向上がそのまま患者を救うことにつながると信じ、手術が終わって退院してゆく患者さん達の、”ありがとうございました”といって嬉しそうに帰ってゆく姿が何よりの喜びでした。

 もとより無病息災は万人の願いであり、手術とは病の元を取り除いて有病から無病に戻す医療です。

癌という病気の性質上仕方ないことですが、頑張って手術を乗り越えて一旦は元気に帰っていった患者さんの中で、再発してまた入院してくる人も多くあります。

内科で抗癌剤治療を行ったり、放射線治療医と相談して放射線治療をしたりするわけですが、ベストと思われる治療が行われても病気がどんどん進行して治療効果がみられないことも ままあります。

 治療が順調にいっている間はよいのですが、治療と再発を繰り返してやがて今の治療医学が無力となる時がくると、治療というよりも”緩和医療を伴った療養”が中心となってきます。

病院とは治療の場であって療養の場ではないという現在の趨勢では、特に診断と治療の場であるがん専門病院にあっては、療養を目的として長期入院することが難しくなってきました。

 「うちではもうできる治療がないので、近くの病院でみてもらってください・・・・」 と仕方なく伝える内科医の言葉に、もはやサジを投げられたと感じて涙する患者さんの姿もたくさん見てきました。

 運良く近くの病院に転院できたとしても、もはや積極的な治療ができる段階をすぎて疼痛コントロールや全身管理のためだけに、人生の最後の時までの貴重な時間を病院で過ごさなければならないというのが現状です。

家に帰ることを願いながら病院で亡くなっていった患者さんのなんと多いことか。

やっぱり、住み慣れた自宅で家族と共に有意義に過ごせるほうがいいに決まっています。

 癌に限らず、脳卒中など加齢に伴って増える疾患で障害が残るなどの、たとえ治らない病気や障害が1つや2つあったとしても、病と共存する形で良い状態を保つことはできるはず。

そして良い医療環境を提供できたなら、自宅でも療養は可能なはずです。

しかし、悲しいかな 病院の勤務医である以上、現在の病院のシステムでは そこまでのところは診てあげられないのです。

私が手術した患者さんの中には、「先生に手術してもらってよかった」 と言ってくれた方が何人かありました。
外科医にとってはこの上ない喜びを感じる言葉です。

肺癌2期で手術を行い、術後に化学療法を行ったものの 残念ながら再発してしまった、ある患者さんがありました。

「先生に全てをお任せしています。 最後まで 死ぬまでみて下さい・・・・・」

その方は病院から片道2時間近くかけて通ってこられていました。

入退院を繰り返して、全身が次第に衰弱し、最後は近くの病院にお願いせざるを得ませんでした。奥さんから後に頂いた年賀状で、不本意な亡くなり方をされたことを知りました。

システム上仕方のないこととはいえ、痛みに苦しんだりすることないように、自分が最後までみてあげたかったという思いが残りました。

・・・なんで、死ぬまで診て欲しい、と全面的に信頼してくれたのだろう・・・

自分が特別素晴らしい手術をしたわけでもなく、特別回復が早くて楽だったわけでもない。手術中のことは全身麻酔で知るはずもない。

・・・とすると、手術前後の
入院中の期間の患者さんと自分とのかかわり、そしてその後の短い外来でのやりとり。その部分で信頼してもらっていたに違いない。自分としては真剣勝負の手術中よりも、むしろそうでない部分のほうが重要だったということか・・・?
手術する医者は自分じゃなくても代わりはいくらでもいるけれど、自分にしかできないことは、いったい何だろう・・・?
そんなことをしばらく考えていました。

 いっぽう現状をみれば、病院から離れて自宅での療養を、それも癌の末期や医療処置の多い比較的重症の患者さんまでを含めてサポートできる医療資源は、特に地方ではまだまだ足りません。

病院の勤務医と、往診しない開業医の先生の狭間にいて診てもらえない、通院が困難な患者さんを専門に診る仕事が、いま必要とされているのではないか・・・。

癌 末期や呼吸不全、脳梗塞後などのため通院が困難となった患者さんが安心して自宅で療養できるように、医療面からサポートするシステムが社会インフラとして 不足しており、また今後も必要とされるのではないか。・・・・・無病息災から一病息災、二病息災へ。治す医療から支える医療へ。

自分の頭の中で、パラダイム・シフトが必要だと考えました。

  医療依存度が比較的高い重症の患者さんを在宅でみることを考えた場合、気管切開や人工呼吸器、胃瘻、尿道カテーテル、中心静脈カテーテルや皮下埋め込み ポート・・・などなど、これらは これまで肺癌手術を専門としていた自分にとっては難なく造設手術をしたり管理したりしてい たものばかりです。

高齢者に多い高血圧や糖尿病などの慢性疾患の管理も、内科の専門医のようにはいきませんが術前・術後の管理として当たり前にやっていましたから、一般のかかりつけ医としての管理ならできるはずです。

 病院の医師の見方では(そして世間一般でも) 病院の専門医のほうが偉くて、かかりつけ医が一段低くみられてしまう傾向にあることは否めません。

第一線病院の専門医から在宅医へ転身することに大きな迷いがあったことは事実です。しかし大病院の外来の椅子に座っているだけでは、やはり病院に来ることのできる患者さんの、それも病気の部分しか、みることはできません。

ま だまだ在宅医療のインフラが少ない岡山に在宅医療専門の診療所を立ち上げて、病院勤務医の立場からみても安心して自分の患者を任せられるような医療を、自 分の親が将来動けなくなったとき安心して自宅療養をサポートできるような医療を展開してみたいと考えて、苦労して培った手術技術を封印しメスを置くという 一大決心をしました。

 在宅医療を専門にやっていくことを考えた場合、在宅医療特有の考え方とか、質の高いサービスをいかに患者さんに提供するかという運営の点ではたくさんのノウハウが必ずあるはずだと考えました。

そして在宅医療の最先端で実践経験を積むことを目的として、2009年4月から1年間、全国でも有数の在宅医療専門クリニックで経験を積んできました。

 患者さんが安心して自宅で療養できるための医療を、今度は岡山で多くの患者さんに提供したいと思っています。

ももたろう往診クリニックのめざすもの

外来通院できなくなった高齢の患者さんや、人生の最後の時間を自宅で家族に囲まれて過ごすことを選んだ末期癌の患者さんが、自宅で安心して療養できるように 訪問して医療・看護の面から自宅での療養生活をサポートします

【理念】

私たちは 看護・介護・保健福祉スタッフと協力しながら
医療・看護面からの援助を提供し、
通院困難な患者さんが望みの療養環境で
安心して過ごせることを目指します。

【特徴】

①在宅医療に特化しています。

往診に注力するため、あえて外来診療は行いません。

訪問診療に特化して、在宅医療を専門に行います。

もし外来診療があると、診療中に調子が悪い患者さんから連絡があっても待合室の患者さんを待たせたまま往診に出かけることはできません。

潔くわりきって外来診療をしないことにしました。

 外来通院の代わりに定期的に患者さん宅を訪問し、かかりつけクリニックとして日頃から健康管理を行います。

②岡山市内を中心とした地域に伺います。

  • 国道2号線 青江・新保交差点から車で約20分~30分程度までの範囲が目安ですが、詳細は御相談下さい。

  • ③御自宅へ月2回程度定期的に訪問して診療を行い、かかりつけ医として日頃からの健康管理を行います。

  • 現在、総合病院へ入院中で退院予定であったり専門医へ外来通院されている場合でも、主治医と連携して訪問診療を行います。

  • ④定期的に訪問診療を行っているかかりつけ患者の方には24時間・365日の対応を行います。

  • 定期的に訪問診療を行っている患者さんの病状に変化が生じた場合は 夜間・休日も含めて24時間連絡を受け、必要に応じて往診します。入院治療が必要な重症の場合は病院へのコーディネイトを行います。患者さんの安心のためにはいつでも連絡のつくことが必要と考えます。

  • ⑤病状によって病院への外来受診や入院治療が必要と判断される場合には病院への手配を行います。

  • 在宅医療は在宅だけですべてが完結するものではありません。在宅での診断・治療に限界があるときには、患者さんの希望や状態を考慮しつつ対応します。

  • ⑥他の医療機関・訪問看護ステーションをはじめ、ケアマネージャー・薬局・介護・福祉など在宅療養にかかわる他職種スタッフとの連携を重視します。

  • 病気だけをみる医療でなく、「療養生活を支える医療」を実現するためには 他職種スタッフとの連携が不可欠と考えます。

  • ⑦医療保険制度に基づく訪問診療を行います。

  • 訪問診療・往診なんて贅沢? ・・・そんなことはありません。

  • 医療保険制度で規定された「在宅療養支援診療所」が行う保険診療です。

  • ⑧訪問診療のための交通費は頂いておりません。

  •  制度上は往診のための交通費を別に請求することが可能ですが、タクシー代に匹敵するような交通費のことが頭にあって往診依頼をためらわれることがないように、と考えました。


  • ももたろう往診クリニック ホームページ

    http://www.momotaroclinic.jp

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